2歳 吃り

2歳3ヶ月の娘が2週間ほど前から、時折つっかえながら話すようになりました。

ママと一言言うのに「ま、ま、ま、ま、ま、ま、ま、ママ!」といった感じです。

ひどい場合、自分の手で口を抑えて言うのを諦めることもあります。

幼いなりに「言えないこと」に苦悩している姿を見ると、何だか辛くなります。

私が何か悪い対応してしまって、精神的ストレスを抱えてしまったのかな・・・

と心配になって調べてみると、

・幼児期のどもりははっきりした原因があるわけではなく、ほとんどの場合治る

・この時期は言葉を急速に吸収し、周りからの刺激も多いため脳が言葉の処理に追いつかない

・遺伝的な要因と環境的要因、心理的要因が重なって発症する場合もある

といったような事が書かれていました。

子供への対応の仕方として

・どもりを指摘しない

・笑ったり真似したりしない

・話してる途中に遮らない

・親がまずゆっくり話す

どもっていることを注意したり叱ったりするのは以ての外な様です。

以上のことがわかったので

娘がどもりながら話していても、いいんだよ、いいんだよと包み込むような気持ちで接するように心掛けてみると、心なしか落ち着いて話してくれるようになってきました。

まだまだ、うまく言えないことに対して娘自身が戸惑ってる場面もちょくちょくありますがね・・・

忙しいと、娘のちょっとした要求に「後でね」「待ってね」ばっかりになってしまったり、理解してくれるのをいいことに早口で話してしまったりしている部分があるので、そこも改善していきつつ、ひとまずは見守っていこうと思います。

後記

現在2歳4ヶ月、娘は全く吃らなくなりました。

やっぱり一過性のものだったんですね。もしかしたらまた同じようになるかもしれませんが、その時もとにかく大らかに接していきたいと思います。

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宗教勧誘の撃退方法

娘を連れて歩いていると、色んな方にすごく声を掛けていただけます。

おじいちゃんおばあちゃんやスーパーの店員さん、同じ子育て中のママ。←ここまでは嬉しい

そして・・・・生保レディー、宗教バ◯ア。

何かねぇ言葉を選ばずに言うと本当に「うざい」んですよね。

日中娘と二人きりだと、ほんの少しの時間でも大人と会話できることが嬉しかったりするわけです。

「ママとお買い物?良いね~」なんて娘に話しかけてくれると、「こんにちは~(喜)」って。

けれど、その後に「〇〇教って知ってますか?」と続かれると、もう脱力必至です。

チキンなので挨拶した手前完全に無視することはできず、とりあえず「知らないです」と即答すると、聞いてもいないのに施設の場所をくどくどと説明してくる。誰が行くと言った。

「はあ、」と思いっきり冷たく返事しようが察さず。

半分無視する形で娘をチャイルドシートに乗せていても、背後から話しかけられ続けました。

何たる、恥を恥とも思わない生態。

「子育て中のお母さんもたくさん来ますよ」

ハイ、汚いっす。子育て中のママが孤独を感じがちなことを勧誘に利用してるんですね。

私みたいに、誰かに話しかけてほしい、手を差し伸べて欲しいと思ってるママはたくさんいると思います。

パンフレットを一応受け取って(チキンなので)何とか開放してもらえましたが、和やかお買い物タイムがぶち壊された気分になりました。

私の雰囲気も問題なのでしょうかね?

根暗なのは間違いないし、いかにも〈悩んでます〉っていうオーラでも出ているのか。

話の通じない勧誘者を撒く方法を考察してみました。

①無視

これが最大限の防御方法だと思います。何か一言でも返事をしてしまえば、そこからつけ込まれますしね。なかには無視をきめても付いてくる強者もいますが、相手にしてしまうよりはマシかと思われます。勧誘だと気づいたら、視界から相手の存在を瞬時に消すのがベスト。

②「◯◯教なんです」

お人好しなあまり、どうしても無視することができない場合に。適当なので良いと思います。さすがに相手も誘えなくなるはず・・・多分。

③質問攻めにする

その宗教の成り立ちや教えを事細かく、しつこく、目をキラキラさせながら聞いてみるのは?相手に「ここから早く去りたい」と思わせたら勝ち。いや、それだと撒いたとは言えないね。しかも動き回る子供がいると難しいかなぁ。

④「昨日〇〇さんに偶然会ったんですよ」

「あれ?この人知り合いだっけ?」「ってか〇〇さんって誰?」と、相手が目的を忘れてるその一瞬のうちに、何食わぬ顔でその場を立ち去る。

⑤「أنا في عجلة من امرنا.

「あ、、、あら、ごめんなさい。。オホホ」と、動揺しつつ勝手に離れていくはず。

⑥子供にバイバーイさせる

実際に娘が勧誘をぶった切って、「バイバーイ!」と言ったことがあるのですが、相手がかなり怯んでました。「あの!しつこいです!!!」とか言うより遥かに破壊力がありそうです。

色々と述べてきましたが、いつかは「撒き上手」になりたいものです・・・。

信仰するのは自由ですが、相手の気持を無視してまで引き入れにかかってくるのは本当に許せません。

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虫嫌いと公園

私は虫がすごく苦手です。

シンクに落ちたトマトのヘタや、自分の腕のほくろ、海苔の欠片、

あらゆるものが虫に見えて、頻繁にビクッとしてしまいます。

切ったピーマンの中に幼虫がいたときは、0・0003秒という速さでシンクに投げつけました。

驚くべき反射能力を発揮したのです。今でも思い出しては戦慄します。

調べてみると入っていたのは蛾の幼虫だったらしく、そんなに珍しいことではないみたいですね・・・。

穴が空いてなければ基本的に大丈夫みたいなのですが、何しろ強烈な体験だったので、今ではピーマンを切る度に緊張が走ります。

そんな私にとって、公園(特に夏)はもちろん恐怖プレイスです。

セミの抜け殻をおもむろにもぐ娘。

一歩歩けば絶対何か踏む。

土を掘って遊んでいると、潜んでいた幼虫さんがこんにちは(動揺を隠してそっ閉じ)。

耳の真横をかすめていくアブ。

屈んでる私のうなじにファサッと何かが触れた時は、お昼時の閑静な住宅地に情けない声を響かせてしまいました。

おそらくは葉っぱが落ちてきただけです。バカみたい・・・

娘には極端な虫嫌いにはなって欲しくないので、

見てほら、虫さんが何か運んでいるねぇ♡と気丈に振る舞う。

でも、虫への恐怖心って理屈じゃないんですね。

娘も虫を見ると、気持ち悪いのかぶるっと身震いをするようになってしまいました。

アリが這い上がってこようもんなら、無言のマジモードで振り払います。

夏の間は疑心暗鬼になって、床に落ちてる黒いもの(たいていはゴミ)を「むしさん」と言って指差して私に虫かどうかを確認させるのが日課になっていました。「虫じゃないよ」と言うと安心して近づくのです。

将来私のようになってしまうのかと、心配がつのります。

夏が終わり、虫の気配も薄くなってきた頃。

私と娘はどんぐり集めにハマっていました。大きさも形も様々で、これが飽きない。

そんなある日「わる」といってどんぐりを分解したがるので、私がせっせと割って、中身を娘に渡して遊んでいました。

メリメリ、パカッ・・・・・・・・にょろ~~~~~~ん!

・・・・・元気いっぱいの芋虫さんがでてきたね!

「%&##&%$&*!!!!」

私は例の反射能力で手に持っていたものを放り投げて、キョトンとしてる娘に対して、

「虫さんがいたの(泣)」となかなかダサい発言をしてしまいました。

どんぐりの中には、しばしば育ち盛りの芋虫さんがいるみたいですね。

全然知らなかったのですが、割と常識みたいでショックです。

以上、虫嫌いの日常の一コマでした。

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乳児湿疹まとめ

娘が2ヶ月の頃から病院通いが始まり、それからはいつ抜け出せるとも分からないトンネルの中にいるようで本当に辛かったです。

でも、もっともっと辛かったのは娘です。頬は真っ赤にむけていたし、関節もジクジク、全身昼夜問わずぼりぼりかきむしっていましたから・・・

PUPPP(別記事参照)を経験したので、「かゆいこと」の苦しさは知っていたのに、変な自己判断で専門医にかかるのも遅くなってしまいました。

原因がわからないので母乳をやめたり、シャワーヘッドを塩素除去のものに変えたり、石鹸やシャンプーをアトピー用のものにしたりしても特に効果はなく、紹介された医大で勧められたチュビファースト(チューブ型包帯)を使って物理的に掻けないようにしても、いつの間にか外されてしまったりして殆ど意味がありませんでした。

最低ですが、「掻かないでよ!」と娘に対してイライラしてしまったこともありました。

8ヶ月頃から、一歩進んで一歩下がる状態から二歩進んで一歩下がる状態に前進して、1歳頃になると頬にポツポツ程度、その後は乾燥する時期に少し湿疹が出る程度、現在は、秋冬のみ保湿でつるつる肌を維持しています。

ちなみにアレルギー検査でレベル3と診断された卵白ですが、今では普通に食べさせていますが何の問題もありません。

最終的に前記事の小児科Bでもらった薬が合っていたのか、治る時期が来たから治ったのかは正直わかりません。

けれど「石鹸を使うのをやめたこと」が快方に向かった理由のひとつかもしれない、とちょっとだけ考えています。

「清潔にする=しっかり洗う」になりがちですが、大人でも洗いすぎると本来の肌のバリア機能を壊してしまうとか言いますよね?(詳しくありませんすみません)

ぬるま湯だけで優しく洗って、保湿をしっかりすること。アトピー改善を謳った値段の高い石鹸を使うよりも、その方が近道になるかもしれません。

湿疹が出てしまう原因なんて様々だろうし、あくまで持論になるので責任はもてませんが・・・・

あとは、信頼できる先生に出会うこと。

乳児湿疹についてインターネットで調べまくって中途半端な知恵をつけ「ステロイドはどちらかと言えば悪」という考えに支配されていたので、ろくに肌も診ずにステロイドを出す(どんなに弱いものでも)先生はまず信じられませんでした。(前記事のとある皮膚科です)

でも、診察や聞き取りをしっかりしてくれたり、治療方針や薬についての説明をちゃんとしてくれれば、意固地になっていた私でも「信用できない」とまではなりません。

この先生なら、と思えるまで病院は何度でも変えて良いと思います。信用できなくて処方された薬を使えないのでは意味がありませんしね・・・

今現在お子さまの乳児湿疹に悩んでいる方。

毎日辛い気持ちで過ごしていることでしょう。

「信頼できる先生を見つけて委ね、あとは治る時期が来るのを待つ」

治してあげたいがために迷い、悩み、どうすべきかすら分からなくなっていた時もありましたが、今になってからそう言えます。

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乳児湿疹③

★処方まとめ★

医大A

◎平成27年10月2日

・ロコイド軟膏

・プロペト

小児科A

◎平成27年11月16日

・アボコート軟膏、プロペト(混合)

皮膚科

◎平成27年12月21日

・ポララミンシロップ

・リドメックスコーワ軟膏、ヒルドイドソフト軟膏(混合)

・グリメサゾン軟膏、亜鉛華軟膏(混合)

小児科B

◎平成28年1月8日

・ハイデルマートクリーム、亜鉛華軟膏(混合)

・ハイデルマートクリーム、アズノール軟膏(混合)

・オイラックスクリーム、レスタミンコーワクリーム(混合)

医大B

◎平成28年1月14日

・ヒルドイドソフト軟膏、白色ワセリン(混合)

・ロコイド軟膏、亜鉛華軟膏(混合)

・ロコイド軟膏、白色ワセリン(混合)

・亜鉛華軟膏

・ポララミンシロップ

クリニック

◎平成28年1月22日

・ヒルドイドソフト軟膏、白色ワセリン(混合)

・レスタミンコーワクリーム、オイラックスクリーム(混合)

小児科B

◎平成28年1月27日

・ハイデルマートクリーム、アズノール軟膏(混合)

・ヒルドイドソフト軟膏、プロペト(混合)

小児科B

◎平成28年2月4日

・ハイデルマートクリーム、アズノール軟膏(混合)

・グリメサゾン軟膏、プロペト(混合)

小児科B

◎平成28年2月16日

(1月27日と同じ)

小児科B

◎平成28年3月4日

・ハイデルマートクリーム、アズノール軟膏(混合)

・ハイデルマートクリーム、亜鉛華軟膏(混合)

・ビーソフテンクリーム、プロペト(混合)

・オイラックスクリーム、レスタミンコーワクリーム(混合)

小児科B

◎平成28年10月31日

・ビーソフテンクリーム、プロペト(混合)

・ヒルドイドソフト軟膏

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乳児湿疹②

信頼できる先生に出会えたのは良かったのですが・・・

その日、アレルギーがないかを調べるために採血を試みていましたが、娘がまだ4ヶ月ということで難しく、

「もうちょっと大きくなってから採血するか、原因を少しでも早く知りたいなら大きい病院を紹介する」との事だったので、その時の私はかなり焦っていたのですぐに紹介状を書いてもらいました。

検査としてはパッチテストを背中でやる方法等があるけれど、時間や設備など個人病院では限界があるみたいでした。

約一週間後。

紹介状を持って、車で一時間半程かけて県内のとある医科大へ。

広大な敷地、建物で何度か迷いながらも何とか受付を済ませ、皮膚科のある階に着くと・・・

人・人・人・人・人。

何十人という人が待合室にいて、

「赤ちゃんなので順番は考慮します」と言ってくれたのですが、結局名前が呼ばれたのは一時間以上後でした。

待っている間にミルクをあげたかったのですが授乳室が産婦人科内の1か所しかなく、尚且つそこには調乳用のお湯もなかった為不可能でした。

診察は簡素で目的だった検査もなかったのですが、娘が空腹でぐずると困るので私からは何も言いませんでした。

わざわざここまで来たのにという思いはありましたが、とにかく早く帰らなきゃという感じでした。

処方は、

ヒルドイドソフトと白色ワセリンの混合(保湿用)、ロコイド軟膏と亜鉛華軟膏の混合(じくじく湿疹用)、ロコイド軟膏と白色ワセリンの混合(乾燥湿疹用)、亜鉛華軟膏(関節のじくじく用)、ポララミンシロップ。

ロコイドが入っているものは、また塗ったり塗らなかったりしていました。

診てくださった先生が、「良かったら◯◯病院の方に来て」と。

非常勤医師(病院の掛け持ち)をしてるという事だったので、一週間後に受診してみました。

そちらは何と医科大の半分の時間で着いて、無駄足ばっかりしてるなと自分にガックリ。

ヒルドイドソフトと白色ワセリンの混合(保湿用)と、レスタミンコーワクリームとオイラックスクリームの混合(かゆみ用)が出ました。

正直覚えていないのですが、処方の内容からすると「ロコイドは塗りたくない」とか「紹介元で貰ったかゆみ止めが欲しい」とか言ったのかもしれません。

診察の終わりに石鹸、化粧水、入浴剤のサンプルをたくさんもらえたので、太っ腹な先生だなと感激しました。

(そのうちのNOVシリーズの敏感肌用石鹸は、何となく良い気がして現品を数回買いました。しかし値段が高く、使い続けるのを断念しました)

そういう何やかやがあって、わざわざ遠出する必要なかったな・・・と結局は近所の小児科に舞い戻りました。

検査してもらえなかったことを告げると「なんかごめんね」と謝られました。

処方は、無くなりかけていたハイデルマートクリームとアズノール軟膏の混合、保湿用にヒルドイドソフトとプロペトの混合。

確かこの日に採血に再挑戦してくれて、卵白と猫にレベル3のアレルギーが発覚しました。

以降は塗布薬が無くなりそうになったら受診。

グリメサゾン軟膏(とても弱いステロイド)が出たり、6ヶ月頃にビーソフテンクリームとプロペト混合の、柔らかくて塗りやすい保湿薬が追加されたりしました。

この頃には、湿疹は落ち着いたり出てきたりするものの、以前のように見てられないほど酷くなることはありませんでした。

1歳2ヶ月の診察を最後に、病院通いは幕を閉じました。

ごちゃごちゃ書いてきてしまったので、次の記事で処方された薬を時系列にしてまとめます。

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乳児湿疹

今現在2歳4ヶ月の娘はつるつるお肌なのですが、0歳代は酷い乳児湿疹に悩まされていました。

街を歩いていても見かけるのは真っ白ふわふわほっぺの赤ちゃんばっかりで、「なんで娘だけ?」と落ち込んでばかりでした。

「ずっとこのままだったら・・・・・・」と、本当に辛かったです。

結局娘の場合は8ヶ月頃から肌の状態が落ち着き始め、1歳2~3ヶ月頃には湿疹が出なくなりました。

それまでの過程を色々と書いていこうと思います。

赤ちゃんの乳児湿疹に悩んでいるママがいたら、「こんなケースもあるんだな」くらいに参考にしてもらえたら良いなと思っています。

処方された薬は、別記事でわかりやすく時系列でまとめたいと思います。

生後二週間頃から、徐々におでこに湿疹ができ始めました。

市販のおむつかぶれ・湿疹用の塗り薬を塗り始めるもほとんど効かず、次第に頬にも湿疹が広がっていき、

生後1ヶ月頃には湿疹プラス皮がむけてゴワゴワとした感じも加わって、かなり荒れていました。

首や肘、膝などの皮膚が重なる所はジクジクとしていました。

本当に最悪なのですが、こんな状態になっても「いずれ治るだろう」と楽観視していて、心室中隔欠損症でかかっていた病院の小児心臓科の先生に「皮膚科で診てもらうべき」と指摘されても、すぐには行きませんでした。

一応その診察の際にロコイド軟膏(弱めのステロイド)とプロベトという白色ワセリンを処方されたので、ステロイドであることに戸惑いながらも塗ってみると、数時間のうちに炎症がなくなり、真っ白な肌になりました。

逆に怖くなりネットで調べまくると、ステロイドの悪い面ばかりが目に入ってきて(正しく使いさえすればものすごくいい薬という意見も多くありましたが)自己判断で塗布をその一回でやめてしまいました。すると瞬く間にもとの荒れた状態に戻り、ステロイドで一時的に症状を抑えることにますます疑問を抱きました。

その後は市販薬を使用し続けていたのですが、相変わらず変化なしだったので予防接種デビューした日に小児科の先生に相談してみると、

アボコート軟膏(ステロイドで、今は販売中止になっているみたいです)とプロペト混合の塗布薬が処方されました。ステロイドということで躊躇する気持ちと、塗ってあげなきゃという思いのせめぎ合いで、塗ったかと思えば塗らなかったりして当然肌の状態は良くならず、約一ヶ月後(生後4ヶ月近く)にまた別の病院に出向きました。

今度は小児科ではなく皮膚科です。

先生に「ステロイドは嫌です」と伝えると「ステロイドじゃないと治らないよ」と言われました。

先生からしてみれば、この母親は何をほざいてるんだ?という感じだったかもしれません。治すために来てるんじゃないの?と。

そんな空気の中「そうですよね・・・」としか答えられず、処方されたのはポララミンシロップという抗ヒスタミンの飲み薬と、顔用にリドメックスコーワ軟膏(ステロイド)とヒルドイドソフト(保湿剤)の混合薬、体のジクジク用にグリメサゾン軟膏(ステロイド)と亜鉛華軟膏の混合薬、でした。

いい加減批判されそうですが、飲み薬だけは日数分飲ませて、塗布薬は結局まともに塗らずに今度は予防接種でかかった小児科とは

また別の小児科へ行きました。

今までの事に挫けずに(?)「ステロイドはなるべく塗りたくない」と述べると「塗らないとダメなことだってあるよ」と言いつつも、私の気持ちに最大限答えようとしてくれているのが分かりました。

「診断名としてはアトピー性皮膚炎になるけれど、実は小さいうちは診断が難しくて、本当にそうなのかは現時点では分からない」といった旨のことをおっしゃっていました。

処方されたのはハイデルマートクリーム(かゆみを抑える)と亜鉛華軟膏の混合薬、ハイデルマートクリームとアズノール軟膏(皮膚の保護・炎症を抑える)の混合薬、オイラックスクリーム(かゆみを抑える)とレスタミンコーワクリーム(ヒスタミンの働きを抑える)の3種類でした。

全て非ステロイドです。

混んでいるにも関わらず丁寧に診察してくださり、それでいて一方的な意見を押し付けられることもなく、何だかホッとしました。

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出産で死にかけた⑤

相変わらず意識が消えたり、ふと戻ったり。唸り続ける私。そんななか、医師達は談笑していました。

A型は何か久しぶり~」(私はA型です)と、よく分からないのですが、凝固のしやすさ?しにくさ?・・・それぞれの血液型の特性について喜々として語っていて、そのあまりの緊張感のなさに「あぁ、山は越えたんだな」と思うと同時に「医療者としてどうなの」と疑問を感じてしまいました。あれだけの苦しみの渦中にいると、楽しげな雰囲気はとても複雑な心境になります。

パパが時系列メモを残してくれていて、22時頃から「子宮動脈塞栓術」を開始したことが分かりました。

これが本当に、本当に、本当にエグい痛さでした。

きっと、陣痛を経験して「痛み」に対して過剰な恐怖感を抱いてしまったため倍増しでキツかったんだと思います。

結局、止血までにした輸血量はなんと〈10000ml〉だったことが告げられました。

パパのメモによると、処置により出血が止まった後レントゲン室から分娩棟に戻り、更に翌日の夕方には相部屋の病室に移動していました。食欲がとにかくわかず、出された食事にはほとんど手を付けませんでした。(ザ・病院食でした)

驚くことに、自力で排泄できないのでカテーテルが挿さっていて、寝返りだって看護師さんに頼まないとできなかったのに、翌日(産後2日目)の退院を提案されました。何でも赤ちゃんのためにはその方が良いとのことでした。

そして来る退院日。診察により本格的OKが出て、出産した個人クリニックに戻ることになりました。

(入院費は50万円以上掛かりましたが、高額医療費制度により申請後全額払い戻しされました。)

私はやっとやっと、娘を抱っこすることができました。

「かわいい・・・」とただ一言。あの時の気持ちは忘れられません。

戻ってからも、輸血に伴う静注や点滴漬け、寝返りはもちろんちょっとした挙動でも切開部分に激痛が走り、ふくらはぎは酷くむくんで象のようになり、お腹はガスが溜まり臨月のように張って、おっぱいも痛い。まさにボロボロで、あの世にまだ片足を突っ込んでいるような気分でした。そんな状態で娘の世話もまともにできるはずがなく、看護師さんに任せてしまう日もあって本当に情けなく、悲しかったです。

毎回の豪華な食事も辛かった。ハンバーグ、エビフライ、パスタ。スープ。おやつも毎日あったかな。トラブルなく産めていれば、幸せご褒美タイムです。

食事が評判だということを聞いて病院を決めたくらいだったので、ショックが絶大でした・・・

配膳されてもテーブルの所に行くまでに数分はかかるし、そもそも食欲が全くなかった。書いていて心底悔しくなってきました(笑)

と、まあ、食事の話はいいとして。

数週間後、治療方針説明書や退院証明書などに目を通して始めて、私がDIC(播種性血管内凝固症候群)による出血性のショック状態だったことがわかりました。

DICは、「血栓が無数にできて、血液を固める凝固作用と固まった血液を溶かす作用が体中の血管内で同時に無秩序に起こり、結果的に大量出血が起こる」という病態のようです。

正直難しくて何が何だかよく理解できなかったのですが、これに陥ると死に至るケースが少なくないみたいです。

そりゃそうですよね・・・

こんな感じで三途の川をまさしく渡りかけていたわけですが、そのことに関しては割とポジティブに考えているのです。

「生かされた」「生かしてくれた」私が死ななかったことには意味があると思っています。

今、しっかりと生きて娘の成長を見守っていけることに、心から感謝しています。

出産はもう怖すぎて無理ですが(笑)

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出産で死にかけた④

手術台に移ってからは「痛~~~~~~い!!!!」と叫んでいましたが、そのうち麻酔を打ってもらうと、陣痛がうそのようになくなりました。本当、1000から0です。

「ね、全然痛くなくなったでしょ」と先生。

この時点から何となく意識が朦朧としていました。陣痛は無くなったけど、倦怠感と、意識が別の所にあるような何とも言えない感じ。

麻酔のせいかな?と、ボ~ッとしながら思っていました。

サク~とお腹にメスが入れられました。

痛くはないけど、かなり不快でした。ぐりぐり~と内臓を押し分けられる感覚があって(書いてて気分が悪くなりそうです)

娘が出てきました。とても元気な産声も同時に聞こえました。

縫合している間、娘が横のスペースで体を拭いてもらったりしてるのが見えました。

助産師さんが娘を私の隣に連れてきてくれましたが、意識がどうにも遠くて「あぁ、二重なんだなぁ」と思ったくらいで、せっかく我が子に会えたというのに、その他はあまり感情が湧いてきませんでした。

ストレッチャーでNSTをしていた部屋に戻り、しばらく休んでいました。

先生がパパに「輸血になるかならないかギリギリのところ」と言っていて、出血量が多かったことを知りました。

パパがずっと横にいてくれて、ボーっとはしてるものの会話は少しできました。

産後からどのくらい経ったのか分かりませんが、心電計から警告音が鳴り出しました。

血相を変えた助産師さんが駆けつけてきて、状況を把握したあと、静脈注射をしてくれようとしたのですが

(薬剤名はわかりません)「血管が見えない!!」かなり焦っていました。というかテンパっていました・・・

お願い、落ち着いて・・・とめちゃくちゃ不安になりました。

先生が救急に電話して状況を説明している声が聞こえて、死ぬのは嫌、救急車早く来て、と思ったのを覚えています。

救急車の中でもモニターから警告音が鳴ったり止んだりしていて、改めて危機的状況なんだと理解させられました。

麻酔が切れたのかお腹が死ぬほど痛くなってきて、声を振りしぼって「いたい・・・」と言うと、同乗していた先生が「子宮が元に戻ろうとしてる痛みだから、痛いのは良い事だよ」と答えました。

その後の記憶が断片的なので、意識を失っている時間も多くあったのかもしれません。

でも、救急車がしばらく動かなくなり、横にいる隊員が「白いバンどいてくださーい!」とマイクで喚起していて、

「早くどいて」と祈ったのだけはしっかり記憶にあります。

病院に着いてストレッチャーで運ばれてる時の蛍光灯。

その次の意識は唸り続ける自分。気を抜くと自分の体が破裂してしまいそうな程の謎の圧迫感が続いたかと思うと、今度は全身の体温が根こそぎ奪われたかのような強烈な寒気。処置台ごとガタガタと震えていました。

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出産で死にかけた③

波が来たらいきんでねと言われました。

いきんでるつもりだけど、いきめてるのか良く分からない。

普段大便もするりと出るので(汚くてすみません)いきみ方が急にわからなくなりました。

力を入れるタイミングで子宮口をぐりぐりされ、

その刺激が内臓にも伝わって最高に気持ち悪かったです!!

先生「いきむ時は目を閉じないでね」

目を開けた方が力を入れやすいとのこと。

え・・・

そんなことしたら恐ろしい顔になってしまうんじゃ?

酷い痛みの中でも顔をのぞかせた羞恥心。

どのくらい粘ったか・・・

一向に赤ちゃんが降りてくる感覚がなく、いきみ始めてから状況が変わってないのがよくわかりました。

バチッ!と、私の許可なく(笑)会陰切開もされましたが、

陣痛がすごすぎて、切開の痛みは全く感じませんでした。

先生「もしだったら、吸引っていう方法もあるよ」

あくまで私に判断を委ねるというスタンスでしたが、このままいきんでも出てくる気が全然しなかったので、吸引をお願いしました。

吸引しつつ、助産師さんが馬乗りになってお腹にぐーーっと圧を加える。

「この助産師さんに陣痛が移ればいいのに!」

必死の形相でお産に立ち向かってくれている助産師さんに、本気でそういうことを思ってしまいました。

しかし、悲しいことにこの吸引でも事態が変わらず、とうとう帝王切開の提案をされました。

正直言うと普通に産みたかったのですが、このままだと気絶しかねないと思い、二つ返事でお願いしました。

看護師さん(おそらく休日中だった)が4~5人増えて、慌ただしくなる分娩室。

同意書にサインする人が必要ということで、看護師さんが持ってきてくれたスマホでパパの連絡先だけ表示して、通話を先生にお願いしました。

陣痛が来たらいきんで良いからね~と言われて取り残され、バタバタと手術の準備が進められるなか朦朧としながらひとりで戦っていました。

いつの間にかパパが横にいて、

「もう1時間半頑張ってるから」とパパに伝える先生の声が聞こえました。

私自身も字にならない字で同意書にサインし、いよいよお腹を切ることになったのです。

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